歴史  
 
 

1970
年代

  「そよ風のように街に出よう」と障害者の在宅訪問や施設訪問を行いました。
当時は車いすで外出する人は珍しく電車やバスの乗車拒否、喫茶店等の入店拒否も日常茶飯事でした。
障害者と健全者の大交流キャンプ(1泊2日)は1973年から26年間続きました。
 
 
 

1981

  国連の「国際障害者年」(完全参加と平等がテーマ)。
入所施設などの特別な場所でなく地域での自立生活を進めるノーマライゼーションの考え方が広まるきっかけになりました。
 
 
  1984
  12月に現在の場所を借りて活動を始めました。
オープンイベントは東住吉区民ホールで行い、全国から600人の参加がありました。
 
 
  1985
  障害者福祉作業センター「赤おに」スタート。
当時は文化活動、貸本屋、粉石けん販売、バザーなどに取り組みました。
障害者が中心となった作業所は当時初めてでした。
 
 
  1989
  大阪市での第1号の身障者グループホームとして「とんとんハウス」開所。
同時に大阪市重度身体障害者グループホーム補助制度が始まりました。
 
 
  1991
  センター&赤おにの改造工事でエレベーターを設置し、部屋を使いやすくしました。  
 
  1994
  障害者福祉作業センター「青おに」スタート。  
 
  1995
  グループホーム「すてっぷハウス」スタート。
鉄筋コンクリートの2階建てで1階が青おに、エレベーターとホイスト付きの広い風呂がありました。
 
 
  1996
  「10年でんねんフェスティバル」を東住吉区民ホールで開催し、600人を超える参加がありました。
(10周年記念企画でした95年の阪神大震災で1年遅れました)
 
 
  1998
  自立生活センター・ナビの活動スタート。
建物は赤おにの隣の民家を改造しました。
 
 
  2000
  ヘルプセンター・すてっぷが大阪市の委託を受けホームヘルパー派遣をスタート。  
 
  2001
  グループホーム「すてっぷハウス」が賃貸契約切れで閉所し、入居者の多くは一人暮らしへ移行、
「青おに」は近くの民家を改造し移転、新たなスタートを切りました。
 
 
  2003
  介護など多くの制度が「支援費制度」へ移行。
中部障害者解放センターは任意の団体から特定非営利活動法人(NPO法人)に変わりました。
春から赤おにの改修工事や安全なエレベーターの付け替えなどの工事を行いより安全で使いやすくなります。